はじめに・・・


ライブハウスガレージが15歳になった日にDJ藤田琢己氏が10周年をむかえました。今の音楽や文化の真実をつたえるEおとこ 藤田琢己氏。いつも説得力のあるトーク。彼の背景に興味があるしお話しをしたかったからインタビューしました。ザックザクききました。二万字くらい。是非、ご覧くださいませ。 FMやっぱ、たのしいわ。(でぐち)



藤田琢己

ラジオDJ、TVパーソナリティー、音楽ライター。
年間150本はライブハウスに通い、音楽を体で浴びるライブフリーク。
今年活動10周年を迎え、過去にビヨンセやマライヤ・キャリー、桑田佳祐やプリンセス天功にもインタビュー経験あり
ライブハウス以外の出没スポットは主に大型家電店

藤田琢己氏オフィシャル
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■2009年4月19日(日)
“ 藤田琢己 presents:ONE OF A KIND”
出演:高橋啓太(オトナモード) / e-sound speaker / aluto / 一色徳保(つばき)
会場:下北沢GARAGE
open 18:00 / start 18:30
前売券¥2300 / 当日券¥2800
(共にドリンク代別¥500)


■2009年5月24日(日)
“ 藤田琢己 presents:ONE OF A KIND vol.2”
出演:近日発表
会場:下北沢GARAGE
open 18:00 / start 18:30
前売券¥2300 / 当日券¥2800
(共にドリンク代別¥500)

GARAGE 出口(以下D:えー、ということで。笑
藤田琢己氏(以下F):えー、あはははは。宜しくお願いいたします。
D:宜しくお願いいたします。あのー、ガレージのウエブでインタビューのコーナーがありまして。ホットな方をお招きして。という。
F:お。ありがたいです。
D:イベントも4月5月と開催しますし。藤田琢己さんと言えば、もう沢山の人がご存じだとは思うんですけども。
F:いえいえいえいえ。
D:藤田さんをこの機会に解剖して。
F:解剖して丸裸にされる訳ですね。ああー怖いなあー。笑
D:藤田さんの周りには色んなアーティスト、クリエイターが集まってて。過去にこちらでもイベントを開催しましたね。
そのイベントは普段、そのアーティストのライブで見れない形態でライブをしていただいて、まあアコースティックっていう形なんですけれども。
アーティストの魅力もすーごいぶっ飛んできましたし、やっぱその藤田さんの。。こうなんていうすかね、もうヤベー!って。
F:そんな!笑
D:っていうことでして。じゃあ先ず、藤田さんのことをいっぱい聞きたいと思っております!
F:わかりました、どこから話しますかね?
D:えとー、今J-WAVEの「TOKYO REAL EYES」でメインパーソナリティとしてやられておりますけれども、藤田さんいつからそういった・・・
F:DJの仕事ですか?
D:はい。
F:DJの仕事としてデビューしたのが2000年の4月の1日でした。あのーDJのなり方は色々あるんでしょうけど、僕はラジオのDJになりたくてこの業界に入ったんですよ。劇団やってたとか、ミュージシャン目指してたとかいると思うんですけど、社会人から、もしくはルックスが良かったとか・・・笑
D:はい、ルックスいいですけどね。たくみ氏。笑
F:いえいえ、僕はベシャリで勝負してるつもりなんで、あれなんですけど。僕は本当にラジオが好きで、ラジオのDJがやりたくてDJスクールとかセミナーとかそういうのに通って勉強して、壁に貼ってあった張り紙で応募したのが10年お世話になった事務所だったんですけど。
D:あ、それがDJとしてのスタート?
F:はい。スタートですね。
D:DJ志したのはいつ頃?
F:えーとねー、元々高校生の時J-WAVEが開局して数年後だったので、ちょうどJ-WAVEっていうブランドが出来はじめた、注目され始めた、J-WAVEバブルじゃないけど、めちゃめちゃ盛り上がってた時期だったんだと思います。
D:へえー。あ、お住まいはもうこちらの方?
F:あ、もう。アメリカから帰ってきたのが高校一年の夏かな?
で、アメリカでもラジオ聴いてたんで、日本でも聴ける場所を探してやっぱり一番格好良いというか、喋り手さんもかかってる曲も格好良かったり、向う(アメリカ)とリアルタイムだったのがやっぱりJ-WAVEだったのかなあと。知ってて聴いた訳ではないので、多分周波数を合わせて色々聴いているうちにここに行き着いたと思うんですけど。
一番衝撃的だったのはやっぱり現役でまだ開局からずっとやってますクリス・ペプラーさんという存在があって。
D:あ!ペプラーさんですね。
F:はい、彼のやってる「TOKIO HOT 100」ってチャート番組を、あれをやっぱ聴いてて。こういう喋り手さんてカッケーなあって思って。それこそ高校の時に喋り真似とか。
D:はい。
F:みんな多分中学生の頃、この世代だったら大体中学生くらいとかでやったりするんですけど、あの疑似ラジオ放送みたいな。
D:はい、こうテレコに向かってみたいな。笑
F:そうそうそうそう!一度はなんかね、やったことある人いると思うんですけど。それをもう地でいく感じで。ラジオキッズになって。
D:ほお。
F :で、小学校の頃とかね、高学年くらいになると物心とか付いてくるんで「オールナイトニッポン」とか聴いてましたけど、そのころになると「違うなこれは」と。(J-WAVEが)「全然格好良いな」と思って。
で、帰国子女だったということもあって、ああいう英語混じりの喋りが格好良くって。今まで聴いたことがない、日本語なんだけどこう英語っぽいニュアンスとか。で、実際英語もバリバリ上手いし、日本語もこう、言葉は少ないんだけども的確なことを言う、みたいな。ああいう表現、まさに今のクリス・ペプラーさんみたいな喋りに衝撃を受けて、いつかなれるならああいう事をしたいなあと思ってましたね、もう高校2年の時に。
D:なるほど。高校生の時に目指して、で、デビューですもんね。
F:そうです、だから僕は高校の卒業アルバムに。あの、司会者として有名だったんですよ、高校では。
D:高校時代も司会業を?笑
F:もうデビューしてたんですよ、そういう意味ではステージデビューを。文化祭の時のMC、卒業生を送る会の時のMC、新入生歓迎会の時のMC、は全部僕。
D:なるほど。その校内でも司会は「藤田琢己」っていうのができあがってたんだ。
F:そう。司会は「藤田琢己」っていう。という立場を先ず作って、何かっちゃあステージが上がって僕が全部司会やって、バンドが出るならバンドの合間の幕間を喋りで埋めて、客いじりをし、で、格好よくクリス・ペプラー調に紹介してみる、みたいなのを高校でやってましたね〜。
D:あら。 じゃあその頃から今の道がスタートしてるんですね。
F:僕の中ではもう校内放送ジャックしてみたりとか、いろいろやってましたけど。放送部員でもないのに。
D:じゃないのに。笑
F:あと文化祭の実行委員でもないのに、俺が一番フロントに出てたっていう。「喋らせてくれ!」っつって。
D:じゃあ、ラジオDJにいつの間にか補正されていったというよりも。。
F:全然!僕はまずラジオをやるためにこの業界に来たんです。むしろ他のものは後から付いてきてるんです。テレビが始まったとか、あと新聞で今記事書いてるっていうのはラジオDJの評価がまずあってからできたっていう。。
D:なるほどね。
F:他のもしかしたら、僕みたいなのが当たり前だと思ってたんですけど、いないんじゃないですかね?(最初の目標が)ラジオっていう。
D:ですよね。
F:だからそういう意味でも珍しいと思います。夢見ていたのをもう23か、24になった時に実現できたんで、一直線ですね。
D:もう振り返ったら実現してたみたいな、そんな感じなんですか?
F:いや僕の中ではもう目標として定めていたので。
D:あ、既にね。
F:27までに番組持てなかったらもう足洗おうと。そしたら目指した初年度に結果が出たので「よしよし」って感じなんですけど。完全に狙い澄まして。 ラジオのDJになってる数少ない。。笑
D:コツコツ積み立てて。。
F:ですね、そのための練習とかちゃんとレッスン通ったりとか。授業があるんですよ。
D:あ、そのDJコースみたいな?
F:そう、DJコースみたいな。そこに通ったりしてましたけど。
D:あ、そのすいません。話戻るんですけど、アメリカに行ってたっていうのは?
F:ええと中2、中3、で、高校の一年の4、5、6月ですね。二年半くらい。
D:どの辺に行かれてたんですか?
F:カリフォルニアのバークレイっていう。
D:わー。良い天気よさそうな。
F:良い天気な所なんですけど、カリフォルニアのサンフランシスコの近くって結構曇ったりとか、涼しかったりするので、LAとかとは違って。ちょっと肌寒いときもある、まあでもすごいいい、ダウンジャケットを着ることは先ずない天気でしたね。
D:僕も短期間なんですけどちょっと行ったことがあって、カリフォルニアのロサンゼルスとサンフランシスコ。僕すごくあの国いいなあと思ったのは、お風呂入んなくていいっていう。
F:笑 ほぼシャワーっすね、僕らもね。今だにそれ残ってますけどね。
D:で、一週間くらい入ってなくても許されるみたいな。
F:笑 日本の風呂文化ないっすからね。
D:それ僕のライフスタイルにすごくぴったりで。まあ日本が一番好きなんですけど、そういった部分に関してはいいな、カリフォルニアと思って。
F:ま、おおざっぱさがすごい。
D:で、色んな文化がありますよね。
F:そうですね、カリフォルニアだとヒスパニックの割合が多くて、学校の先生は(英語とスペイン語)二カ国語喋る人も多いっていう。かなりそうなってますよ。カリフォルニアは特に。たしか今はアメリカの人口、黒人よりヒスパニックが多いみたいですから。
D:で、その頃にもラジオを聴いてたんですか?
F:聴いてましたね。やっぱ向こうのラジオってハジケてて格好良いんですよ。あんまり喋りがないので。ひたすらもう最新曲をバンバンかけるんで、何が流行ってるかとか。MTVとかありましたけど、やっぱりなんかラジオでしたね。
D:結構音楽番組寄りなんですかね?
F:向こうはそうですね。まあ有線に近いです。有線にたまに曲紹介が載ってるみたいな。その曲紹介がすごい軽快テンポなんですよ。ポンポンポンポンドーン!2曲続けて、みたいな。ポンポンポンポンドーン!3曲続けて、みたいな。
D:そうなんだ。テンポ感て大事ですものね。
F:大事ですね。
D:同じ言葉でもやっぱりテンポによって伝わり方が違ってたり、その後の曲のイメージにつながりますもんね。
F:曲を生かすっていう。だから演出で、ジングルとかサウンドステッカーとか言うんですけど。
D:サウンドステッカー?
F:SEが「チュチューン!」とか「ドーン!」とかかかってイントロが入るとか、ああいうなんかちょこっとした編集した音素材とかがちょっと格好良いんですよ。未だにそれを参考にして作る人もいるくらい、ラジオでも。ああいう曲をどう生かすか、格好良く聴かすかっていうような文化ってやっぱ最初は日本にはなかったんじゃないかな。アメリカにはあったんですけど。
D:日本のラジオ文化とアメリカのラジオ文化の違うところって?
F:僕は日本では働いてて、向こうでは聴いていたのでぶっちゃけ分かんないとこもあって。ちょうど1回だけアメリカに仕事してから行ってその地元の人とその時はNYだったんですけど、NYのラジオ局はどうなのよ?みたいな。で、最近はちょっとコマーシャル化しちゃってて、特定の曲がヘビーローテーションになってて嫌だぜ!みたいな。笑 
D:笑
F:ただ、向こうは一つの放送局が一つのカラーを持ってる、しかもジャンルのカラーを持ってるので、ここはヒップホップステーション、こっちはロックステーション、こっちはカントリーという全部分かれてたりするんで、日本みたいに一つの放送局で全種をカバーするっていうのはアメリカには少ないですね。
D:へえ〜。チャンネル分けがされてるんだ。
F:ジャンルでチャンネルが違うっていう。だから有線みたいなんですよ。向こうの。
その中でやっぱり有名な放送局とか、あのー例えばヒップホップだったら有名なDJがその時間ミックスやってるDJタイムとか、そいつが喋ってるとか、そうすると(アーティストとコネがあるので凄いエクスクルーシヴな音源とかをどこよりも先にかけちゃうとか、自分で作った曲が、あのビヨンセをフィーチャーした曲が実は俺が一番最初にここでかけるぜ、みたいなことをやってますけど。
D:それ聴いてる方もワクワクしますね。
F:そうですね。だから僕がNY行って聴いた時は「ファンクマスターフレックス」っていう結構レジェンダリーなDJが「おお喋ってる!」みたいな、「おおCDかけてる!」みたいな。こっちではCDで買う人なんで、「あの人ラジオやってんだ。。」みたいな。ロックはあんまりいないんでしょうけど。「ジョー・ペリーが喋ってる!」「番組やってる!」みたいな、多分ないんでしょうけど。笑 
D:あっちはまた土地も広いですからね。
F:そうなんですよ、だからもう全米で放送局何つったら何千とある、カレッジものも人気ですしね。
D:あーそうですね。カレッジでなんやらかんやらみたいなの結構強いですもんね。
F:そこでやっぱりちょっとマニアックなヒットをして全米に流れていくっていうのも多分あると思うし、今のMySpace発みたいなああいう勢いが多分カレッジラジオにあるっていう。
まあでもそんなに意識的にアメリカにいる時にラジオを聴いていた訳ではないので、「俺こういう仕事したいからこういう聴き方してる」とかではなく、自然に。
D:あー、またあっちでいろいろ忙しいですからね、恋もスポーツも学業も。笑
F:あーもう大変でしたからね。笑 日々ね、先ず英語喋んなきゃっていうね。笑
D:言葉は現地で?
F:うん、中1の英語力しかなかったんで。もう分かんないまま、「分かんない」って英語でなんて言うのか分かんない、みたいな。笑
D:笑
F:そこからスタートしましたよ。
でもなんかエキサイティングでしたよ、毎日よく分からないことばっかり起きるし。
D:やっぱり週末ってパーティみたいなのがあるんですか?
F:あーそこまで年取ってなかったです。笑 
中学生とかだったんで、ほとんどが。でもあの卒業パーティのダンスパーティには行きましたけどね、ジャケット羽織って。
D:それはお気に入りの女の子をこう。。
F:誘いたかったんですけど、一人で行きました。笑
本当はいけないんでしょうけど、やっぱり外国人も多いのでそういう文化に慣れてない奴もいっぱいいて。俺は友達とツルんでましたけど。そういう意味では映画でよく出てくる駄目なタイプです。笑
D:笑  なるほど。そういうアメリカ生活があって高校2年で戻って来て、そこから高校時代も学校内の方で司会業として。
F:やってましたね〜。またあの高校の同級生に「KREVA」君がいるんで。
D:あー!そうなんですね。
F:同い年なんです。
なので彼にヒップホップをすごい叩き込まれたというか、色々教えて貰って。
「自分はこういう事をしたい」って考えがある人間がいっぱいいて、俺は司会の格好で、マイクを持った格好で卒業写真の個人写真を撮ったんですよ、で、KREVAは「日本一のラッパーになります」っていうカードを胸にあてて、(今になると)二人して「有言実行したね」っていう。
D:それは、格好いいっすね。
F:奴はオリコン一位を取って、俺は未だにマイクを持ってるっていうことを会う度に言ってましたね、暫くね。これはなかなかいい話です。。
その卒業アルバムまだ高校にあるらしいです、この井の頭線沿いの高校なんで。。
D:あ、ここの近くなんだ!笑
F:在校生なら見られるみたいです。
D:素敵。そうやって夢を実現していくっていうのはいいですよね、今音楽目指したりとか、色んなアートやらなんやら目指してらっしゃる方もいらっしゃるし、勿論ずっとなりたかった職業を目指してる方もいらっしゃるし。。
F:あのー僕としてはやりたくてやれてるのでそれ以上の何者でもないんですけど、本当にラジオに可能性を求めている人達がいっぱいいるので、今この現状。ちょうど同じ世代、多分ね、ラジオを聴いてラジオをやりたい最終世代だと思うので、30代前半って。でもまあラジオが凄いとかテレビが凄いとか言う訳ではなく、他のジャンルの同級生達も結構自分のやりたい道をその世界でやってる奴が多いので、俺と一緒に学校で企画をいろいろ考えてた奴が広告代理店入って同じようにイベントの企画をやって俺が喋ったりとかして、「お前ほんと同じ事やってたよね!」って。
D:職業は違えど、みんなこう。。。
F:で、また現場で会ったりとかしちゃって。またそれも面白いな〜と思って、「今度俺こういう企画考えてるんだけど、こういうイベント打つんでお前MCやってくんない?」って言って実現したりだとか。結構自分達の世界の界隈でちゃんとやりたいことを実現させるっていう風潮が多分学校にあったんでしょうね。
D:うん。
F:原点は大学よりも高校に近いですね。まあ芸能人を排出してるって見られる人もいますけど、普通に都立高校なんで、別にそういう訳ではないです。アカデミックな道で切り開いてる子もいます。
あのマリンバってあるじゃないですか、木琴。木琴の、たしか世界コンクールに出た女の子とかもいるし。でも都立高校なんでそういう学校ぐるみで何かやっていた訳ではないんですよ。
D:もうそれぞれ個人が「やりたい!」と思ったことを。
F:そう、刺激を受けてたんでしょうね。「あんなにラップやってる子がいる!」とか、「あいつラジオのDJになるんだって!」みたいな、「あのままだな」とか「あたしはあたしでドイツの大会があるんだけど」とか言う子がいたりとか。
面白いですよ、みんな。
D:そういう風潮や人が集まって干渉し合ってみんなこう触発されて実現していく、みたいな。。
F:大学時代からの連れもみんなそうなんですけど、人を羨ましがらないんですよね、みんな、僕の周りにいる人間って。「お前あれいいよな〜」とか、普通に褒める気持ちで「いいよな〜」とは言いますけど。自分の人生を
ネガティブに言って、人を羨ましがる人が周りにあんまりいないんですよね。で、同じ事をしてるから仲が良いって子結構いるじゃないですか、格好とか全部。僕逆にバラバラな奴らで、「よーいどん!」で走ったら全員
違うところ行く!みたいな。
D:もうゴールがみんなバラバラみたいな。笑
F:もう「わ〜〜!!」みたいな。
D:散っちゃうみたいな。笑 
F:でも全員全速力みたいな。笑 そういう奴らばっかりなんですよね。で、肌で全く逆方向走ってる奴を感じながら、「俺こっちの道進みます!」っていう人が高校時代からやっぱり多くて。「お前とは絶対家族になれない、
でもスゲエ大事な友達だ」みたいな事も言われたこともあったし、多分みんなてんでバラバラなのにやっぱり「お前のやってることはスゲエ刺激になる」ってお互い言い合える仲間がたまたま高校、大学から多いのが僕の宝ですね。全然僕の事知らない人とか、「いいよね〜アーティストに会えて」とか「ライブ行けて」とか「CD貰えて」とか僕と全然関わりの無い人で言う人もいますけど、基本的に僕と仲良い人達というか、人生というか今まですごい仲良くしてて、刺激を与え合ってる奴らはみんなそうですね、業種関係なく「お前それやってんだったら俺これ頑張る」「お前それ格好いいじゃん、頑張んなよ、俺こっちで頑張るから」みたいなのが多いですね。
たまたまなのかもしんないですけど、でも本当に感覚が近くて好きなモノが一緒でよくツルんでるっていう奴が逆にいないんですよね。
D:なるほど。普段会わないけど、もうみんなそれぞれでやっる。家族みたいな。
F:あーでもそうかもしんないですね!今で言う家族かもしんないですね。「お姉ちゃん何処行った?」「お兄ちゃん何処?」「知らないけど、でも超頑張ってる」みたいな。「あーそっか」みたいな。
D:笑 それってやっぱり人が集まるんですね、琢己さんの周りには。「TOKYO REAL EYES」とか番組を聴いてても、色んなアーティストとか色んな音楽が出てくるけど一貫して何か持ってる人っていうのは、やっぱり番組を通じて感じてて、そういう人が集まって来てる。。
F:番組の方は試行錯誤、なんですけどね。。まあここだけの話ですけど。あのーなんていうんだろうな、狭めるのって簡単なんですよ。これしかやんないっていうのは結構簡単で、好きなモノしかやんないっていうのは結構簡単だし、好きなモノしか聴かないのはみんな簡単だと思うんですよ、これ読んでくれてる人も。ACIDMAN好きだからバンアパ(band apart)聴いてドーパン(Doping Panda)聴いてみたいなのって凄く簡単で。でも広げる方が
大変なんだけど凄い発見というか、可能性があるんですよね。じゃあ四つ打ちのダンスものは聴かないのか?とか、別に聴かないなら聴かないで頭通り過ぎちゃえば良いんでしょうけど、なんかスゲエ発見があったりとか実は音を鳴らしてる人間はそういうジャンルとか全然関係なかったりとかしてるので聞き手側に回った時にもの凄い思考が狭くなるのが逆にヤダったんですよ。で、元々B BOYだったので。ふふふ。笑
D:え?!!藤田琢己氏はB BOYだったの??
F:笑 高校時代のお友達がKREVAだっていうのもあるし、一番最初に音楽にハマッたのがやっぱりね、MTVの深夜ってヒップホップの番組が多かったらしいんですよ。で、アメリカに行くまでは「X」聴いてたし、初めて買った
アルバムは「ユニコーン」だし、姉ちゃんから影響受けて聴いてたのは「ブルーハーツ」だし、結構パンク、メタルロックよりではあったんですよ、ポップミュージックよりも。まあTMとか(渡辺)美里とかも聴いてましたけど、ドリカムとか姉ちゃん聴いてましたけど、どっちかというとなんか格好良くて自分で買って聴くのは「X」とか「ユニコーン」とかバンドものだったんですよ。で。イカ天世代だし、一番輝いてた「カブキロックス」、「スイマーズ」だ、「タイマーズ」だ、みたいな。まあとにかくそういうのを聴いていたので、バンドものの音が好きだった筈なんですけども、でもそれは物心が付いた訳では実はなかったみたいなんですよ。向こう行ってオルタナとかみたいなのも聴いてたし、当然「NIRVANA」ガーン!、「Mr.BIG」ドーン!みたいな感じだったんですけど、なんかね僕が深夜の時間帯ぼーっとテレビを親父とかが寝た後にリビングで見てると、なんかねヒップホップチャンネルなんですよ毎日。深夜二時とか、何故かヒップホップの時間帯だったんですよ。多分昼間、夜にかけられない、ゴールデンタイムにかけられないビデオクリップばっかりだったんで、ヒップホップものってロックに比べて。笑 そういう時間に追いやられて。。
D:また地軸が結構。。笑
F:過激なんで。笑 D:そうですよね。
F:だからちょうどほらギャングスタもののはしりで、LAの。本当にもうギャング上がりの奴らがバシバシ真っ黒ずくめの衣装で出てくるみたいな。「あーああいう格好の奴いるな、学校に。」みたいな。
D:ふふふ。笑
F:っていうのが多分二時くらいだったんで。しょうがなく入ってくるのが最終的にそれなんですよ。やっぱ90年代の頭ってヒップホップがいきなりチャートのトップになるようになった、今までNYのマイナーなムーヴメントだったのが「カッケー!」みたいな。で、みんな買い始めたのが90年代の頭なんですよね。だからミリオン出し始めたりとか、ラップでミリオン取れんだとか、ラップの曲がCMに使われるんだみたいなのが80年代の真ん中以降90年代とかで。
D:その頃だ、もう「ヒップホップ、女、カネ」みたいな。でもみんな夢を描いてラップしたりとかして、そういう時代ですよね。
F:そうそうそう。やっぱりエネルギーだったんでしょうね。いわゆるロックの進化よりもヒップホップの進化の方が急だったんで、あの時代って。急に増えたし、急に格好良くなったし。オールドスクールからニュースクールに行く間のラップのテンポ感というか、日本語とかでもそうなんですけど二昔前と今とじゃラップが全然違うんで、あの進化が急に起きてた時代って80年代後半から90年代なんで、近代型ラップになり始めて凄いドラマチックに音も変わってきたし。
D:たしかに音は変わりましたね。
F:そう!ジャズものが入ってきた本当にハシリだったんで。今でもやっぱ格好いいっすもん、あの時代。で、未だにあの時代にハマッっている子が多くて、ガレージ界隈じゃないかもしれませんけどバンアパのドラムのコグレ君とか、それからリディムサウンターのドラム、何故かドラムに多いんですけど、ドラムのタイチ君とかって未だにあのミドルスクールで止まってるっていう。笑 未だにお洒落で聴くっていう子もいるし、その系譜を。まあとにかく僕の音楽のハシリ、音楽の自我の目覚めはユニコーンとノーティバイネイチャーだったっていうね、ヒップホップだったっていうところから来てはいるんですけど。
D:あの頃のヒップホップとかのトラックっていうのは結構シンプルだけどイメージは凄くこう。。。
F:そうなんですよ。
D:ほんのただ二小節ループだけでもなんかこうぐわっとイメージのドラマティクスは凄いありますよね。
F:そうなんですよね。
D:今はもう音数でドラマティックに仕上がっているけど、どうしてもこうなんか深さがないというか。当時のヒップホップっていうのは凄いパワーがありますよね。ビートだけでヤベーもの。
F:あの、できないっていう大前提があるので、機材としてのマイナス点が。だからそのできないところをどうやるかのクリエイティビティーが今よりもの凄い。制服着せられてるんだけど、ものすごく自分アレンジにしたい、だから裏側全部龍にしました!みたいな。笑
D:裏ボタン変えて。笑
F:そうそう。そこで醸し出されるグルーヴがやっぱ全然今の「自由に作っていいですよ」「制服無くなっちゃいました」って言われるよりも全然あるっていう、主義主張が。あれがやっぱよかったですね〜。格好良いトラックは多分今の方が作れるんでしょうけど。あの時の血眼になって探す創意工夫っていいですねえ〜。まあまあまあ、そんなことで僕はヒップホップから始まった感じはしますけど。でもアメリカってもっと雑食なんですよね、白人がラップ買うし、黒人もロック聴くしみたいな。「JayZ」も聴けば、「Bon Jovi」も口ずさめるみたいな。
D:あ、そう。笑
F:結構そうなんですよ。今で言う「EXILE」と「GReeeeN」と「KREVA」みたいな。ああいう並びでラップも聴けちゃうんでしょうね。有名なフレーズのサビだったら、やっぱKREVAだってケツメイシだって一応歌えるじゃないですか、みんな。ああいう感覚でラップも聴くし、ロックも聴くみたいな、で、チャートのトップ10くらいだったらドス黒いヒップホップでもサビはみんな口ずさめちゃうみたいな、多分そういうところがあるので。日本にいるよりも外国で音楽を聴いてる方が幅広く聴けちゃってるんじゃないですか?当然さっきラジオ局が全部分かれてるとは言いましたけど、トップ40番組とかトップ40ラジオ局とかもやっぱりあるんで、今流行ってる40曲、で、ぐちゃぐちゃにかかるみたいなのも無くはないんで、特にMTVなんかは一日かけてれば何でもかかるし。っていうのもあって雑食ではあったので、「to be with you」も多分歌詞見ないで歌えましたし、帰ってくる頃には。僕の中で「Mr.BIG」と「naughty by nature」、これラップとロックをどっちも歌えたっていう。ははははは。笑 ちょっと面白かったですね。
D:「Mr.BIG」流行りましたね。高校時代コピーしたもん。
F:「エクストリーム」とかもね。でもね、ロックを実際に聴いたのは高校生の時ですね。こっちにロックが好きな奴と、こっちにKREVAがいて、でもみんな音楽が好きだから情報交換できちゃうし。なので、そこで僕の中で全部ミックスされたんですけど。実際仕事でヒップホップの番組がやれるかっていうとそうでもないし、逆に僕もヒップホップだけの番組がやりたくてDJやってる訳じゃないので。やっぱいろんな音楽に影響受けたので、総合的な番組をやりたいなと思いも当然あって。「ヒップホップの番組やりたいの?」と言われた時に、「う〜ん、単純にそうじゃないんですよね」と。「ロックな人よりもヒップホップ知ってるし、ヒップホップな人よりもロック知ってるんで。」みたいな。笑
そういう感じなんです。で、どちらかというとロックの方が僕の中では初心者だったので、本当に日本のロックものをちゃんと記憶以外で貪り食うように聴き始めたのはやっぱり「TOKYO REAL-EYES」の影響が大きいかな。
D:そういえば、「TOKYO REAL-EYES」って今何年くらいなんですか?
F:ええとね、5年目に入ります4月から。
D:あの番組は本当にリアルですね。
F:あれ、リアルですね。一番僕の中でルールがあって、やっぱり自分で聴かないものは喋べんないっていう。
D:いいですね。
F:でも一人でカバーできない時もあるかもしれないですけど、スタッフも含めて全員で。例えば「A」っていうアーティストが居た時に、一人も知らないままそれをかける訳には絶対いかないので。極端な話、「聴いた?」「聴いてない?」「聴いてない」「じゃあ今日はかけるのやめよう」なんでかって責任持って喋れないから。僕らは特にそれを嫌がるので、ちゃんと説明してちゃんと熱を持って伝えられないのであればそのレベルがちゃんとレッドゾーンに行かなければ、もうそれは無いに等しいので。逆に誰かが熱意を持って「A」っていうアーティストを紹介できるのであれば、「それ嫌い」って誰かに言われても紹介すると。「えー!そんなのやんの?」って「そんなんかけるの?」って、これリスナーにも言われると思うんですよ。「えーそんなアーティスト、REAL-EYESでかけるんですか?」「だってこれ格好良いと思ったんだもん、しょうがねえじゃん。」っつって。
「とにかく俺は良いと思ったんでやらしてください!」っつって。
D:それやっぱなんか音楽のあり方みたいなところありますよね。ちゃんと音楽っていうものを。
F:それが音楽の人から評価されるのは嬉しいですね、僕の中ではラジオなんで。ロックな番組、ロックフェスとか言ってるんだったらバンドものをやってたらいいじゃん。でもとにかく音楽として良い。ラジオを通して伝える音楽として良ければ俺はいい、その総称としてロックフェスでいいじゃん、ていう括り。だって「perfume」だって出たでしょ?「ROCK IN JAPAN」みたいな。そういうジャンルの食わず嫌いが嫌なので。
だから音楽の方から、音楽やってる人とか音楽業界の人からそうやって評価されるのは嬉しいですね。
D:あとここの出演しているバンド連中とか、あのお客さんでも番組を聴いてるリスナーの方もっていうのは結構多いんですよね。
F:ありがたいです、それは。
D:番組から発信して出たアーティストも結構いらっしゃるんじゃないですか?
F:うん、誰も知らなくてうちから初めて曲をかけてるっていうパターンは多分存在しないんですよね。どっかでライブやってるし、どっかでCD売ってるし。それが音源すら出していない人でもストリートでライブやってるとかね。どっかで音楽活動を絶対しているんですよね、そこに行って音源を買って来ただけなんですけど、何が特別なんですか?みたいな。逆に「よく行くね」とか「何でそこまでやるの?」とか言われるんですけど、でもやっぱり一緒にこの番組を立ち上げてくれたプロデューサーさんが一番最初に決めたこと、今でも言うんですけど、4年前に「フットワークを生かせ」と。「それを何年も続ければもしかしたらお前だけのものになるかもしれないから、まあ先ず行け」と。って言われて「ああそうか」と気づいて行き始めたのが全てのきっかけなんですけどね。だからそれこそ「DIZZY UP THE GIRLS」なんて僕個人的に凄い仲良くさせて貰ってるんですけど、やっぱり番組聴いてくれてて、俺が見に行って仲良くなって最終的にはうちの番組の主催のライブに出て貰って、そしたらやっぱ反響があってっていう、一番こう、あって欲しい、本当にメディアがミュージシャンに対して出来ること。小さくもムーヴメントが出来上がった瞬間だったな〜って思ったり、あと僕らが見つけて声をかけたアーティストが今度、きっかけでメジャーデビュー出来たりだとか、なんかメディアとしての僕らが出来ることも、少し与えてあげることもたまに出来るんだなあっていう実感がありましたね、この4年では。
D:それ凄いリアルですよ、本当に。ラジオに限らず色んな番組とかメディアでも、やっぱり今こう情報が凄くばーっとある中でその情報の表面を摘んで話したりまとめたりするものとかサイトもいっぱいありますけども、
「TOKYO REAL EYES」、藤田琢己氏の番組っていうのは、リアルに起きてる事をちゃんとその目で、まあ番組のタイトル通り、事実出来事を伝えるっていうことが当たり前で大事でなんか凄い面白いですよね。
F:ですね〜、そこだけブレないでやれる事なので。もちろんその先に色々あるんですけどね。有りか無しかとか。笑
D:笑
F:最近扱ってないとか、もうやる事がいっぱいありすぎるんで。週一でも収まんない、四時間でも収まんないし、っていうのが現状なんですけど。ただでさえ今度40回目、もう多分これが出てる頃には40回目終わってると
思うんですけど、ほぼ月一でやってる無料招待ライブから派生した番組のライブ。
これは結構凄い数ですよ、これはなかなかできないと思います。
D:この番組も結構色んなアーティストさん出てますけど。
F:はい、すべてすぐな前が出てこないとアーティストさんに大変申し訳ないんですけど、多分130アーティストくらい今までで、なるべくほぼ被らないでやってるんで、毎回三組なので。
D:僕、「BASE BALL BEAR」がNESTかな?やった時に見に行ったんですけど、盛り上がりがもうハンパ無い。笑
F:ですね。お陰様で多分ちょっと分かってきてくれてる感じ。このイベントはこういうイベントで、っていうのがちょっとずつ、ちょっとずつですけどね、全然まだまだなんですけど、まあちょっと空気は少し出始めてる、
「LIVE SUPERNOVA」ってこういうイベントなのかっていうのが分かりつつあるのかな〜って思うんですけどね。
D:あの熱気があって音楽があって、人がこういるっていうのはなんかいいですよね。
F:ね。僕も分からないままやり続けてるので、見た人に言われて初めて気づく事しかまだないんですよ、40回もやってるのに。だから「この番組ってこうですよね」とか「琢己さんってこうですよね」って言われても、まあ正直よく分からないんですけど。とにかく好きでやってて、「好きでやってるんです!」っていうのが伝わればいいなっていうだけなんですよね。本当に僕の中でのテーマはもうそれだけですね。
D:好きな事を好きなだけやるっていうのはやっぱりある意味強さじゃないですか、その強さがやっぱり番組やイベントを通してね。
F:出ればいいですね〜!って思ってやってます。笑
出てれば嬉しいです。もうそれしかないんですよね。僕バンド組んだことがなければ、ギターもちょこっと今練習してるっていうか趣味でつま弾く位しかできないし。アーティストと一緒にツアーも何十本も巡った
マネージャーでもなければ、この道何十年の音楽ライターでもないので、目指してる所が先が長すぎてもうどうしようも出来ないと思ってずっとやってるんですよ。そこのコンプレックスみたいなのが今僕を走らせてるので、
圧倒的にやっぱり足りてないなあ、とやればやる程思うので。だから補えるのって何かっていうともう思いしかないっていうか。「精一杯やってます!」ていう。そこしか説得材料がない、そういう思いにちょっとずつアーティストが呼応してくれて番組だったり、番組のおかげでこういうイベントがガレージさんで出来たり、そういう思いで出てくれる、ACIDMANの大木君なんかもそうだし。元々アコースティックでちょっと他とは違うイベントやろうよって言ったのも奴だったので。一番出たがらなかった男が発起人だったという意外な話なんですけど。
D:で、先日そのイベントの後大木伸夫氏が終わった後に「もう二度と出ない!笑」ってなんかちょっとうれしそうないい顔して言ってましたけど。
F:そうそうそう。で、面白いところはあの後幕張メッセで一万人規模のライブやったじゃないですか。アコースティックをやったんですね、その話しましたっけ?
D:それ聞いてない。笑
F:あれ?これオフィシャルにしていいって言われたんで。あの後、三人でアコースティックセットで幕張でやったんです。
D:あ、DVDにも入ってるやつですね。
F:入ってます!これは声を大にして僕は言わなきゃいけない。あれ、俺のアイデアなんで。
D:笑
F:このガレージのイベントでやった大木伸夫弾き語りがきっかけになって幕張で三人でアコースティックバージョンで曲をやったっていう。
D:あ。そうなんだ。
F:って大木伸夫君が僕に直接言いました。で、「言っていいよ」って言われたんで、これちょっとね太線で書いていただきたい。
D:そうですね。おっきく、300ポイントくらいの明朝体で。
F:もうクレジットに入れて欲しいくらいです。「アコースティックバージョンinspired by 藤田琢己 presents」。笑
っていうこともあったりして、まあまあこれは後付なんですけど、そういうふうなきっかけに先ずなってくれたらいいな〜と思って。
D:そうですね、あのイベントの出来事がまたアーティストのクリエイティビティに反映されるっていう。。
F:だからそれは結果上手くいった回がたまたまあっただけなんでしょうけど、理想としてはなんかね、ただ出て貰うだけでも僕個人では凄く嬉しいんですけど。だったらもうちょっと上手く、見に来てくれるだけのことを
作れればなあ、と思ってますけどね。本当はもっと僕が実際にみんなに見える形で何かをやった方がいいんでしょうけど、まだちょっと自信がなくて色々実現できてないんですけど。
D:ちょっと話が変わるんですけど、最近の音楽についてどう思いますか?まあざっくりですけど。
F:僕ね、一番苦手なトピックなんですよ。あの、評論家の先生方にはなれないので、僕は好きなだけでやってるのでなるべく回避しようとしてるんです。
D:笑 なんかリアルな方の意見をちょっと聞きたいなと思って。
F:えっと僕はあんまり俯瞰で物が見られないので、その中で言える事は目に見えるものをみんな信じたいと思い始めてますね、ちょっと。僕もラジオをやってるので、耳で聞く情報しか与えられない、もしくはテレビもやってるのでビデオクリップだったり、それはアーティストのライブをやってる番組なのでかなり現場というかライブに近い雰囲気の番組をたまたまやらせて貰えてるので、理想系で音楽の仕事をさせてもらってるんですけど、でもやっぱり実際に見て肌で感じたいんだな、もしくはパソコンをクリックしてるだけの音楽に、音楽が留まってないんだなっていう感じがしますね。そうじゃないとこんなにデスクトップで消費される音楽が、そこで完結できる筈の音楽がフェスのチケットがソールドアウトに結びつかないだろうと。おおよそ違うじゃないですか、汗水垂らして夏ならTシャツの換えをわざわざ持って行き、冬なら寒いのにわざわざコインロッカーにジャンパーを入れ、小走りでライブハウスに入り、また汗かいてまた外に出てみたいな。こんな大変なことをしに、チケットがソールドアウトになるフェスが続出してるのに、こんなに音楽が各個人のデスクトップとイヤホンの中にだけ収まってる時代があるんだと思って。凄い正反対のものが盛り上がってるんだなあと思って。着うた何万件とかって一昔前になかったじゃないですか、やっぱCDの実数こそが全てだったし。で、CDが売れなくなったって言われてますけど「その分着うたからお金取ればいいんじゃないんですか?」みたいに、「着うたでサビの部分だけ楽しくって口ずさめればいいんなじゃいの?カラオケで」とか「音楽ってヘッドフォンだけで楽しめればリスナー的にはうまくまわってるんじゃないの?」と思ったんですけど、でもやっぱライブハウスすっげー盛り上がるし、ライブハウスもちょっと増えてきてるし、ここんところ。で、何度も言うようにフェスもソールドアウトになるくらいの、しかも一日5万人くらい入るフェスが定番化してるみたいな、この現状って横一線に並べにくいな〜と思ってて、何をどう思うんだろうと思って、ライブハウスによく行く人間から考えるとやっぱ会いたいんだな〜と思って。誰が鳴らしてて、誰がどういうメッセージを本気で伝えてるかっていうのを見に来たいんだな、やっぱ〜と。で、人との触れ合いが少なくなったって言われるけど、音楽に求めるものってやっぱそういう血の通ったものなんだなっていう感じが凄い僕の中ではしてるんです。
時代錯誤かもしれないですけど、でもそれは僕の中でこの4年で得た実感だったりしてるし、たまたまその4年間の中で音楽イベントがやっぱり盛り上がってる、っていうのにちょっとずつみんなが気づき始めてるのかな〜と。
だから音楽ってのはやっぱ二通りの楽しみ方、もしくは一つの楽しみ方がライブに向かわせてるんだなっていう感じが凄いしてます。二極化とも言えるかもしれませんけど。僕の中で「やっぱ見たい!ビークルのお面を外した姿が見たい!見たくて行く!」って奴らが増えてきてるんだな〜と思って。笑
D:それであのガレージは、藤田琢己氏が10周年を迎える4月1日に、実はガレージも15周年を迎えるんですね。
F:ですね。
D:それでガレージの15周年のテーマが「For the next 15 years」っていうことで、ここからの15年の音楽を考えたいっていうのが一つのテーマになってて、ただガレージが一つの答えを提示するっていうよりも沢山の
アーティストやクリエイターの方から未来の音楽っていうことを色々ヒアリングしたいというか、というのがあるんですども。これから先15年、未来に音楽はどういう風になってると思いますか?
F:笑 答えづらいな〜。笑
D:すいません、なんかクイズ番組みたいになりましたけど。
F:どうなっていくんでしょうね〜。
D:最近の現状を踏まえ、どう予測します?
F:やっぱり僕は音楽をただ好きで聴いてライブに行くだけのことをずっとやり続けなきゃいけないので、僕個人のビジョンはそれが続くのみなんですけど、でもやっぱ温もりを伝えるものであって欲しいですよね、人の。冷たくても絶望でもいいんですけど、絶望にも人間の意味があるのでやっぱりそこには誰かしらの。絶望を歌えれば歌えばいいし、希望を伝えれば希望を伝えればいいし愛を伝えれれば愛を伝えればいいし、絆や何でもトピックはいいんですけど。そこに人間味みたいな部分を、最大の可能性として伝えて欲しいなっていう理想と。。。僕ね、多分レコード会社の人に怒られると思うんですけど、CDにこだわらなくても良いんじゃないかっていうのがもう一つあるんですよね。っていうのがあって、これは理想ではなく、予想というか想像というかの部分なんですけど、アートワークに凝ったりとかしてね、やっぱCDのブックレットの良さはあるんですけど、僕はブックレットはブックレットでいいんじゃないかと思ったりとか、CDを買わせる為にブックレットを充実させてる人もいるし、そういう意味でCD買ってねとは思うんですけど、それは何ありきなのかわかんなくなってくるので、ブックレットはブックレットで本屋さんに並ぶとかね。わかんないですけど、曲ダウンロードして歌詞カードとブックレットはまた別で買い、とかあるかもしれないし。それが面倒くさいんでCDを買うっていうことに多分なりかねなくて、CDを焼いて買う理由がみんな見えなくなったりするのかなあっていうのが予想です。この次の15年の予想。最初はCDのビニールのところをビリビリってめくる時のドキドキ感が良くて僕は「CD派です」って多分これからも言い続けるとは思うんですけど、今の子たちが感じるドキドキ感って多分ページを開くクリックのドキドキ感にもうなっちゃってんのかなあとか考えると、凄いアナログ時代の「昔はバイクはキックでブルン!ってかけるのがあれがよかったんだよ〜!」って言われてもポカ〜ンみたいなのと一緒で、「同じドキドキ感なんだよ〜」みたいな、システムが違ってるだけでみたいな、感じはするので。あのピリピリ感ってまたどう表現したらいいものかなあと思ったりしますけど。。そんな答えでいいんですか?
D:はい、多分そういうところに答えがいっぱいあるんだろうと思います。プラスチックにいかに付加価値を付けるかみたいな感じの音楽じゃなくて、やっぱり音楽のもっとシンプルな原点というのに応じたメディアなり何なりっていうところですよね。今そのCDを売る為の活動とかそういうのが哀しいんですよね。もっともっと感覚や感情が溢れるくらいの、みんなやっぱ熱や想像力をいっぱい持ってる訳ですからね。それをもっと柔軟な形で伝えられるような産業というか、なるといいですよね。
F:あのレコードからCDになった時って技術的にあたふたとはしましたけど、音質がどうのとは言いましたけど、それは技術についてくしかないので、針を落とす時の瞬間とか今だったら再生ボタンを押した時のキュルキュルーって回るあのキュルキュルーがドキドキみたいに、それは若者もそれに馴染んでしまう世の常なので。そしたらこう(マウスを)カチカチってなった瞬間、まあ俺からしたら全然味気ないなぁって。笑
D:そうですね、色んなものが合理的になりつつも一緒に付随してた色んなドキドキっていうか感情まで一緒に削ぎ落とされてしまってきてる感じがしますけどね。
F:だからおじさんとかおじいさんとかが憂うのを多分僕らは既に憂いているのですよ。「お前ダブルクリックで音楽なんか買いやがって」って思うんですけど、例えば今の小学生とか「もう通信でしか対戦しないよ」みたいな子からしたら「何言ってんの?」みたいな。それは利便性じゃないんですよ。「あれに比べて簡単じゃん」って言わないと思うんですよ、もうそれがそうなんで。逆に「そうやって買わない方法があるの?」みたいに多分なると思うんですよ。「へ?CDって何ですか?」みたいな。でも音楽を聴いた時にドキドキしたりとか、歌詞に涙を流したりだとか、じゃあこの人に会いに行きたいと思ってメールを送るとか、なんか同じように共感したい人と集まってライブに行くのって多分本質として変わらないと思うんで、技術を憂う前に中身を鍛えようよと思ったりしますよね。むしろ可能性を見い出した方が明るいんじゃないかって最近ちょっと思うようになりましたね。大事なのは誰が作って誰歌うかその中身だと思うんですよね。技術が変わっていくのはもう仕方ないって思うように最近思うようになりました。
D:ドキドキするイベントをやってる藤田琢己氏ですけれども。笑
F:いろんな意味でドキドキしてますけどね。笑
D:そう次回が、4月19日と。
F:はい。
D:5月もこれもう言っちゃっていただいていいですか?
F:鋭利ブッキング中なので。
D:4月5月行われますけどそれどんなイベントになるんでしょうか?
F:4月はですね、やはりアコースティック先ずやりたいという気持ちがあったので、アーティストには違うことをしろ、とは言わないんですけど、「これこれこういう主旨ですよ」と。「ガレージさん15周年で。アーンド僕10周年で。」という話で賛同いただいてるので、まあそれだけでもちょっと違うニュアンスが出ると思うんですけど、いつも自分達のライブでやっているライブとは違う雰囲気で、例えば「オトナモード」のタカハシ君も多分弾き語りで見たことはあんまりないと思うんで。アコースティックは当然あると思うんですけど、本人ピンで来るっていうのは多分なかなかないと思うので、レコード会社の人もちょっとドキドキしてます。「僕見たいです!」っていう風に今日レコード会社の人に言われましたけど。なのでそういうスペシャル感も多分あると思うので。当然「アルト」もこの間話をした時に、「ちょっと琢己さんの10周年っていうのもあって」っていう話もしてたので、この間ワンマンやったばっかりですけどやっぱりちょっと違うアコースティックな感じ、それから「e-sound speaker」も結構前から仲良くさせてもらってるんで、またそういう意向にも賛同してもらってまた普段と違う、アコースティック似合うんですけど、やっぱりバンドものでやる時はロックにやる人達なのでアコースティックでまたちょっと違う感じ。とにかく他にはない感じにしたいなと思って。なのでタイトルも「one of a kind」という。「他とは違う」という意味のタイトルに名付けました。
D:おお。
F:5月は逆にエレクトリックにしようかなと。
D:おお。
F:この二つでアコースティックとエレクトリックと、「無戒秀徳」的な話になりますけど。笑 冗談です。
僕誕生月なので、5月20日が誕生日なので、特に個人的に思い入れの強いイベントに、というか個人的に仲の良い、僕を昔から知ってる人に出てもらうというのが先ずありきで、「イトウタケシ」氏をブッキングした訳ですけど。まあそういうすっごい上から言うと「誕生日を祝ってください!」っていう。笑
別の言い方すると「なんかかこつけてみんなで集まろうぜ!」っていう。
D:これ、プレゼント殺到ですね〜。
F:いえいえいえいえいえ。笑 そのフリ、結構ハードル高めるのやめてください。笑
僕の誕生日に「何かください!」というよりは、僕の誕生日に一緒に、逆に僕があげるみたいな感じにできればいいなとは思うんですけどね。
D:楽しみですね、このそれぞれのイベントはやっぱ藤田琢己氏っていうオーガナイザーがいて、ならではの伝え方でのイベントですもんね。
F:なんですかね〜。僕も本当にあんまり理屈でブッキングした訳ではないので、ふと頭によぎってこういうラインナップで。。やっぱりさすがに番組で40回やらせてもらってるんで、ブッキングの楽しみというか、「こいつ入れて、こいつにこういう事やってもらったらメチャメチャいいなあ」とか「このバンドとこのバンド多分やったことないかもしんけど」とかそいう組み合わせの妙だったりとか、空想したりするのが凄い好きなので。ならでは、と言われると嬉しいですけど。
D:まあ他にない組み合わせとアプローチですから、この空気はまたお客さんやらアーティストでみんなが干渉し合ってまた何か生まれそうな。。
F:だといいんですよね〜。
D:そういうイベントですもんね。
F:とにかくどのライブ行っても、どこのライブハウス行っても、誰のライブ見ても同じ事をアーティストは言うと思うんですけど、僕も全く一緒でその日にしかない空気だったり、お客さん同士の繋がりだったり、アーティスト同士の繋がりがあるので、その日にしか起きないことの為に一生懸命練習したり、企画したり、お金払ったりする全員が集まってくるので、誰かの一方通行ではない、何かここで一つ共有したいスペシャルなことっていうのが先ず念頭にあります。
D:凄い楽しみですね〜。
F:僕も楽しみです。
D:すいません、僕今日口数少なくて。笑ほら、琢己氏、お話しのプロだから。笑
F:僕らも聞く方なので、普段こういう風に喋らないんですよ、自分のこととかをね。だから嬉しいです、たまに喋ると。
D:そうだ、10周年ということでこれからの10年、琢己さんは何かテーマは?
F:はい、今やってるものは変わらないと思います。音楽が好きで、音楽の現場に行くのがもう生き甲斐、の10年になると思います。ただ、僕も進化というか変化というかしていたいので、音楽の部分は全く変わらないんですけど、喋るっていう部分でのフィールドワークは増えるかもしれないですね、まああまりにもお角が違うことはやらないかもしれないですけど、でも喋るスキルをもうちょっと磨きたいなと思ってる部分は個人的にはあって、それが磨く場所がラジオ、テレビに留まらないのであれば何やってるかもしれません!全くアテありませんけど、詩の朗読やってるかもしれないですし。
D:わ〜格好いい!
F:あ、趣味でね。ベランダでね。
D:ベランダで。笑 日曜日、コーヒーを飲みながら。笑 
F:そうそうそうそう。笑 それが官能小説の可能性がありますけど。わかりませんよ、何の可能性が僕にあるかまだ分からない部分がいっぱいあるので、喋りっていう意味ではどんどん進化、変化していくんじゃないかなって
思ってます。
D:了解いたしました。笑 最後に、番組やりたい!!
F:あ、番組ね!やりましょうやりましょう。それは実際喋るし、裏方もやりますんで。そっちこそ得意分野なんで。
D:沢山いろんなアーティストも楽しいこともあるんです。沢山伝えたいことがあって。
F:多分プロモーショントークでは収まりきらない、チラリと見せる何かをみんな聞かせてくれる筈ですよ、こういう場なら。
D:なんか15周年と琢己さんの10周年でなんかちょっと番組企画しません?
F:いいですよ!是非是非。
D:それを近日皆さんに何かお知らせできるような事を準備しましょう!
F:いいですね、やりましょう!
D:すいません、誘導尋問みたいで。笑
F:笑 いやいやいやいや。是非それはやらせてもらいたいですね。
D::なんかその音楽とか人っていうのをリアルに伝えるっていう何か、事をやりたいなと思って。是非琢己さん、手伝ってください。
F:やらせていただきます!
D:そう、みんな琢己さんみたいに夢を実現してそして未来に向かってくっていう、格好いいですよ。最後にこれを読んでる皆さんにメッセージありましたら。
F:多分10周年とか、何々周年っていう括りの締めが必要な感じだと思うんですけど、ここは。多分。笑 
10周年を迎えたアーティストによくインタビューするので、特にこの世代だと。人に括りを聞くんですけど、自分で全く実感してなかったので、「ああやっぱみんな言ってること一緒だな」と思って。気が付いたらここまで
来てるっていう。気がついたらまだまだ出来ないことの方が多いっていうのが10周年です。20周年になったら違うこと言ってるかも知れないですけど、10周年は基本的にまだスタートラインぐらいです。まだお菓子とかダッシュでパシリで買いに行きます。笑 
D:笑 
F:笑 全然ペーペーです。あのやりたい事を実現させていくっていう10年でもあると思うんですけども、もっとやりたい事が見えたのもこの10年の結果なんですよね。だからそれは僕の中では収穫でした。達成感よりも飢餓感というか「おなか空いた」感というか、自分の容器にものを詰めて10年経ったら容器の方がおっきくなってたかったので、そういう気分ですね。気づいたら「全然入ってないや」っていう。また器を大きくするべく、ものをいっぱい入れていきます。
D:素敵ですねー。
F:いやあ、難しいな〜。D:これからイベントも目白押しですし、これから10周年を迎える藤田琢己氏、そしてJ-WAVEの「TOKYO REAL EYES」、LIVE SUPERNOVA、沢山のアーティストを発信
する機会がたくさんありますので是非とも皆さんチェックしていただいてということで。
F:ライブハウスでは多分ここが拠点になって情報発信していくので、僕の下北沢で一番最初に来た、人生初めての下北沢ライウハウスはガレージだったので。
D:あ!これも太字ですね!フォントは勘亭流で。
F:これは太字です!これは太字でお願いします!12年前ぐらいですね、「THE WONDER SOUL STYE」という、これまた高校の同級生だった友達のライブを見に、初めて下北沢でライブハウスに足を運んだのがこのガレージだったので、ここから何か発信できればと是非思っております!太字で!!笑
D:それでは色々ご期待ください。ということで。
F:はい、僕からも、僕も自分自身期待しつつ、期待して貰いたいと思います。
D:はい、ということで本日はありがとうございました!
F:ありがとうございました。!








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